劇団あまりもの『MUGEN』について妄想寄りの考察

 

『MUGEN』とは?

 

 『MUGEN』は、福岡で活動する劇団「劇団あまりもの」のオリジナル作品です。初演は2016年10月の劇団あまりもの第5回本公演で、2019年12月に劇団あまりものReplay#2として再演されました。


 あらすじは、
  
  -少し変わった町で年に1回だけ開催されるカーニバル。その最後の一夜に事件は起こった。主人公メユは気づくとどことも知れない奇妙な世界で、神と名乗る男と出会う。
「真実を知りたくば、今日という一日をやり直し、そしてその手で、頭で見つけてくるのです。」
そこから彼女のカーニバルの最後の一日が、もう一度始まる!事件の犯人とは?そして神とは一体何者なのか?物語が終わるとき、多くの学者や哲学者が追い求めた「真理」という答えを知り得ることになるかもしれない。-
(劇団あまりもの第5回公演『MUGEN』チラシより)
 
と書かれていて、初演も再演も同じ文章です。架空の町で起こった事件の犯人を主人公メユが探す、ファンタジーミステリーのような作品です。

 

初演MUGEN

 

上述したように、初演MUGENは2016年10月に劇団あまりもの第5回本公演として上演されました。公演情報は以下の通りです。
 
第5回公演『MUGEN』
脚本:チェニー・セイファース
演出:矢ヶ部祐作
日程:2016年10月8~10日
場所:甘棠館show劇場
楽曲提供:Blayze(Are you ready?)
 
キャスト
Meyu:いっくん
Valis:橋本佑里
Louis&Robert:高橋佳成
Digitalis:黒木祐司
Prion:相川了一
Lysergie:田中幸乃
Replica:藤本宏次郎
Liz:武田遥
Lilith:塩崎直央
(敬称略)

 

再演MUGEN

再演MUGENは劇団あまりものReplayという再演企画の中で上演されました。再演MUGENは観ることができなかったので、この考察は基本的に初演のお芝居と初演台本、再演に関してTwitter等で得た情報を参考にしています。再演の情報がとにかく薄いので、再演を観た方の情報を求めてます。
 再演MUGENの公演情報は以下の通りです。
 
第5回公演『MUGEN』
脚本:チェニー・セイファース
演出:はせ川・くりすてぃー奈
日程:2019年12月13~15日
場所:甘棠館show劇場
楽曲提供:あかたろ(意気揚々と笑おうぜ)
 
キャスト
Meyu:いっくん
Valis:高野功樹
Louis&Robert:矢ヶ部祐作
Digitalis:大浦悠平
Prion:だにえる
Lysergie:石川はるな
Replica:大浦悠平
Liz:井﨑藍子
Lilith:天稀華夢
(敬称略)

 

劇団あまりものって? 

第1章では『MUGEN』について基本的な情報を書きましたが、そもそも劇団あまりものとはどんな劇団なんでしょうか?
 劇団あまりものは2015年4月に旗揚げされた劇団で、現在までに本公演を10本、コラボ公演や朗読公演など様々な公演をされています。詳しい過去公演の情報が劇団HPに掲載されているので興味を持たれた方はそちらをご覧ください。
 
 劇団あまりものの特徴は、ミステリーを中心に作品作りをされているところだと思います。本公演10本のうち、9割がミステリーで、ミステリー以外の作品も謎やそこはかとなくダークな雰囲気のある作品です。特に、謎は脚本の中だけでなく毎回変わっている脚本家にもそれぞれ謎があります。
 
 そんな劇団あまりものの作品の中でも特に多くの謎が散りばめられていて、かなり複雑な『MUGEN』の謎を私なりに考察していきたいと思います。以下の考察では、『MUGEN』本編の多大なネタバレが含まれますのでご容赦ください。

 

『MUGEN』の謎解き

 

『MUGEN』は、主人公メユが住む閉鎖的な町で年に一度行われるカーニバル最後の日に、ある悲劇にあってしまうところから始まります。突如幻想の世界に迷い込んだメユは自称神であるレプリカから【時間を巻き戻す時計】を与えられ、時計を使い時間を逆行して悲劇の真相を突き止めようと奔走します。しかし、真相に近づくにつれ、町に起こった悲劇は1つだけではないことが判明します。メユは様々な困難を乗り越え、複雑に入り組んだ悲劇の真相を突き止めることができるのでしょうか?
 
 『MUGEN』の物語は、メユが時間を遡って悲劇の真相を突き止めていく過程を追っているので同じ場面が何度も繰り返される構造になっています。何度も繰り返す中で徐々に真相に近づいていくのですが、1度しか見ていない人は時系列を理解するのも難しかったのではないかと思います。
まずは、本編の時系列を確認していきたいと思います。

 

時系列

第一場 【幻想世界】
メユが目を覚ますとそこは現実とは違う幻想の世界でした。
ピエロの様な外見をした自称神のレプリカに
 「君にはこの答えがわかるかな?とある日にとある人物が殺された。衝動的に頭を殴られて撲殺される。その人物に恨みを持っているものは1人だけ存在した。しかしその犯人とされる人物はちょうど時を同じくして遠く離れた場所で目撃された。果たして遠く離れた場所にいてその人物を殺す事は本当に出来るのか?」
と、謎解きのような問いかけをされますが、メユには何の事だかわかりません。謎の真相を突き止めるため、レプリカから時間を巻き戻す時計を受け取ったメユは、ネジを回して時間を巻き戻します。
 
第二場 【最終日(1回目)】
時計を使って時間を遡ったメユは図書館で目覚めます。図書館に勤めているヴァリスとの会話の中で、カーニバルの最終日であること、町に来るはずのパフォーマーが現れず大騒ぎになっている事を知りました。酒場で自分を待っている友人たちの下へ向かう途中に、メユは友人のルイスが人を殺めた現場に遭遇してしまいます。咄嗟にメユは時計を取り出して時間を巻き戻すのでした。
第三場 【幻想世界】
再び幻想世界に戻ってきたメユは、町で起こった悲劇が夢ではないことを知り、カーニバルの最終日の悲劇を終わらせるためにまた時間を巻き戻します。
 
第四場 【最終日(2回目)】
場面は変わり、町の酒場でメユの友人のルイス、リゼルグ、ジギタリスプリオンが談笑していて、カーニバルにパフォーマーが現れない事や、プリオンが自分の飼っている馬を食べるほど愛している話、ジギタリスのちょっと変わったしゃべり方や、ルイスの双子の兄のロバートの話で盛り上がっています。(第四場の酒場での会話が以降の謎解きの軸になっています。)
そして、メユが遅れてやって来てルイスが殺人を犯していないことに安堵します。プリオンが自慢の肉料理をふるまい、和やかなムードの中、ルイスが想い人に告白をするためにジギタリスに花束を見繕ってもらう事になりました。
 
第五場 【最終日(2回目)】
メユはその後に起こる悲劇を知っていたので、ルイスの後を追いますが、ルイスは兄のロバートもアリスに告白しようとしているのを知り、告白を断念してしまいました。
ここで、メユの中に疑問が浮かびます。以前殺人を犯してしまったのは、もしかしてルイスではなくてロバートだったのではないかと。2人は外見は瓜二つなので見間違えた可能性はあります。ロバートを止めるためにメユはロバートの元へ向かいますが、その疑問は全くの見当違いでした。
再びルイスの元へ戻ると、そこにはアリスの死体と血塗れのルイスがいました。メユはルイスに、どうしてこんな事をしたのかと問いかけますが、ルイスは逆にメユに「自分とロバートの違いは何なのか」と問いかけます。
ルイスはアリスさえも自分とロバートの違いがわからなかった事に激高し、衝動的にアリスを殺してしまったのでした。ルイスは酷い錯乱状態にあり、自分とロバートの区別さえつかなくなっていました。
そしてメユはルイスの殺人を止めるために再び時間を巻き戻します。
 
第六場  【最終日(3回目)】
メユは図書館で目を覚まし、ヴァリスから『ジキルとハイド』と花の本について教えてもらいます。ある確信を持ったメユは、ジギタリスの花屋に急ぐのでした。
時間はまだ最終日のカーニバルが始まるには早い時間で、ジギタリスは花屋で働いていました。メユは、ジギタリスがルイスに猛毒の花を食べさせた夢を見た、と言い彼の行動を止めようとします。メユの予想通り、ジギタリスはある心の闇を抱えていて、それを晴らす為にルイスを手にかけようとしていました。メユの説得に応じたジギタリスは、ルイスに手を出す事をやめます。安心したメユが花屋を後にすると、ある人影がジギタリスに忍び寄るのでした。
 
第七場  【最終日(3回目)】
酒場では、パフォーマー達の歌を聴いてプリオンリゼルグ、ルイスが盛り上がっています。2回目の最終日で聞いたような会話を3人で繰り広げています。そこにメユがやって来て、ルイスにリゼルグと花束を選んで来るように誘導し、プリオンと2人きりになります。
メユは花屋からジギタリスが戻ってこなかった事を不審に思い、プリオンを問い詰めます。
プリオン愛する人を食べる事こそが究極の愛であり、食べる事によって本当の意味で1つになれると考えていました。
しかし、そこにリゼルグが現れ、プリオンに処方していた薬について話し始めます。実はプリオンに処方していた薬には強い幻覚作用が含まれており、プリオンは薬の幻覚で人が自分の飼っている馬に見えてしまっていたために、人を殺して食べてしまうようになっていたのでした。プリオンは幻覚の所為でジギタリスを殺してしまった事を、リゼルグが間違った知識のまま薬を売ってしまっていた事を後悔します。
メユここで新たな疑問を持ちます。プリオンリゼルグに間違った知識を与えたのは一体誰なんだ、と。
 
第八場  【最終日(4回目)】
メユは悲劇を止めるため何度も何度も過去をやり直しますが、結局カーニバルの最終日に戻ってしまいます。
何度目か、図書館で目が覚めたメユは自分の背後に忍び寄る怪しい影に気付きます。それはヴァリスでした。
メユは時間を巻き戻して町の悲劇を止めていく中で、冒頭にレプリカから問いかけられた
 「君にはこの答えがわかるかな?とある日にとある人物が殺された。衝動的に頭を殴られて撲殺される。その人物に恨みを持っているものは1人だけ存在した。しかしその犯人とされる人物はちょうど時を同じくして遠く離れた場所で目撃された。果たして遠く離れた場所にいてその人物を殺す事は本当に出来るのか?」
という謎の真相に徐々に近付いていました。ヴァリスはルイス、ジギタリスプリオンリゼルグが抱えている心の闇を知っていて、それを利用して悲劇を引き起こしていました。そしてその答えをメユに教えるかのように、図書館の本を使ってメユにヒントを与えていたのです。ヴァリスはメユが悲劇の真相を知ったとして、彼女を殺し、逃げ延びる算段がありました。
ヴァリスは町の人々の閉鎖性を知り尽くしていて、間違った知識を与えることで町の常識すら書き換えてしまっていたのでした。町を一から創造し、神に近付くためには人を殺めることも厭わないヴァリスを止める方法は、メユにはもう1つしか残されていません。メユは時計のネジを今までより長く、長く、ずっと遠くの時間まで戻るように巻き続けたのです。
 
第九場  【幻想世界】
暇を持て余しているレプリカの元にやってきたメユは、時計をレプリカに返し、ヴァリスを救うために再び長い長い繰り返しの旅へ出るのでした。
 

名前の謎

物語の大筋がわかったところで、今度は物語に隠されている謎を解き明かしていこうと思います。
この物語は、ルイスが二重人格になって錯乱してしまう、ジギタリスが猛毒の花を食べさせてしまう、プリオンが人を殺して食べてしまう、リゼルグが劇薬を扱ってしまう、ヴァリスが情報統制をしてしまう、という大きな5つの悲劇からなっています。その悲劇のヒントは、登場人物の名前に隠されていました。
 
〇ルイス/ロバート
ルイスとロバートは一卵性の双子です。ルイスは兄ロバートに対し劣等感を抱いており、ジギタリスに食べさせられた花をきっかけに人格分裂してしまいました。
そんなルイスとロバートのヒントは劇中にも明かされたように『ジキル博士とハイド氏』にあります。
ジキル博士とハイド氏』の作者は、ロバート・ルイス・スティーブンソン氏です。ここにルイスの二重人格を示すヒントが隠されていました。
 
ジギタリス
花屋のジギタリスは猛毒のダチュラをルイスに食べさせ、怨みを晴らそうとします。
ジギタリスの劇中のヒントは、花の本でした。ヴァリスの解説によって、載っている花がどれも危険な花であるとわかります。
ジギタリスとは、それ自体が猛毒を持つ花で、ジギタリスの行動のヒントを示していました。
 
プリオン
プリオンカニバリズムの偏愛家かと思いきや、薬の幻覚で殺人・食人衝動に駆られていた肉屋です。
ヴァリスの図書館にはカニバリズムの本もあり、それがプリオンのヒントでした。
プリオンとは、進行性の脳の変性疾患のプリオン病がモチーフで、クールーと呼ばれるプリオン病の1種が食人がきっかけで罹患する事から、プリオンのヒントになっていました。
 
リゼル
リゼルグは町の薬屋ですが、自分で勉強することを怠って間違った知識のまま薬を処方していました。リゼルグの薬屋に劇薬が置かれているのは、劇中に既に明かされています。
リゼルグの名前は、リゼルグ酸ジエチルアミド(通称:LSD)を指していて、これは非常に強烈な作用を有する幻覚剤です。ここから、リゼルグが危険な薬物に関係すると考える事ができます。
 
ヴァリス
ヴァリスはこの物語の黒幕で、町の情報を自らの手で統制する事によって、町を一から創造しようとしていました。
そんなヴァリスの名前は、フィリップ・K・ディックの小説『ヴァリス』から来ていると考えられます。
ヴァリスは"Vast Active Living Intelligence System"の頭文字からできた言葉で、「巨大にして能動的な生ける情報システム」と訳されます。つまり、町にとってヴァリスこそが情報システムであった事を指しているのではないでしょうか。
 
〇リズ、リリス
レプリカの傍にいつもいる2人の女性、リズとリリスはわかっていないことだらけです。名前の謎もまだ解けていません。
 
〇レプリカ
自称神の不思議な存在であるレプリカは、劇中で言っていた通り、その存在自体がレプリカだと考えられます。詳しくは後述します。
 
〇メユ
この物語の主人公メユについて、考察がたくさんあるので彼女についても詳しくは後述したいと思います。
 

考察

 以上の時系列と名前の謎などから、あくまで私個人の”飛躍した物の考え”な考察をしていきたいと思います。

 

リゼル

 まず、町の薬屋のリゼルグについて考察していきたいと思います。

 リゼルグは誤った知識から、店に劇薬ばかり置いていましたがその劇薬は一体どこから仕入れていたのでしょうか?町は陸の孤島状態であり、リゼルグも町の外から出たことがないと考えられます。そうなると、やはり薬の仕入れ元もヴァリスだと考えるのが妥当ではないでしょうか。そもそも、リゼルグが薬屋を開いたのはヴァリスの入れ知恵で、直接手を下さずに住民に劇薬を与える為に利用されたのだと思います。

 また、この町には医者という職業が存在しないと考えられます。そのため、町の住民は病気や些細なケガでもリゼルグの薬屋を頼らざるを得ない状況にあります。リゼルグはプリオンの幻覚について、メユの推理を聞いて自覚していましたが実際はプリオン以外にもリゼルグの薬の被害者は多く存在するのではないでしょうか。

 

ルイス

 次に双子のルイス/ロバートについて考察していきます。

 まず、ルイスが狂ってしまった原因について考えていきたいと思います。ルイスはジギタリスから盛られたダチュラを食べてしまったことが原因でせん妄状態に陥り、殺人を犯してしまいました。しかし、実際はダチュラは深いせん妄状態になるきっかけに過ぎず、狂ってしまった要因は他にあると思いました。それは、ルイスがロバートに対して激しい劣等感を抱いていることが要因だと考えられます。ルイスは日常的にロバートと比較されていたと劇中から推測でき、ロバートよりも劣っているというニュアンスで比較されています。ルイスは募った劣等感を解消するために、時々ロバートになりきって町を出歩いていましたが、それすらも彼の劣等感を増幅させてしまったのではないでしょうか。

 劇中に「朝、鏡で自分の顔を見ると自分がルイスかロバートかわからなくなるんです」というルイスの台詞があります。ロバートになりきって町を出歩き始めて、ルイスは鏡の前で自問自答していたのだと推測できます。”ゲシュタルト崩壊”という都市伝説があるように、鏡に映る自分に「自分は誰だ」と問いかけると自分自身がわからなくなってしまう現象があります。ルイスはダチュラを食べる以前からすでに自分がルイスかロバートかわからない状態にあり、ダチュラを食べたことによって深いせん妄状態になってしまったのではないでしょうか。

 次に、なぜルイスとロバートのモチーフが『ジキル博士とハイド氏』なのでしょうか。ジキルとハイドは二重人格の話であり、双子の話ではありません。そして、ルイス自身二重人格になったわけではなく、自分とロバートがわからなくなったのです。では、なぜジキルとハイドがモチーフなのでしょうか。

 実は、ルイスは二重人格なのではないでしょうか。元々はただの双子だったと考えられますが、劇中のルイスは二重人格の可能性が高いと考えられます。それは、ダチュラを食べた後の行動から考えることができます。ルイスはアリスに告白しに行って、ロバートもアリスに告白しようとしている事に気付き、先回りしてアリスを殺します。ジギタリスの思惑にあったように、なぜルイスはロバートを殺さなかったのでしょうか。アリスを愛しているのなら、ロバートを殺せば競争相手がいなくなるだけで済むのに、アリスを殺してしまうと愛している相手が死に、憎い相手だけが残ります。ルイスはなぜそのような選択をしたのでしょうか。

 それは、ルイスはロバートを殺せなかったのではないでしょうか。劇中におけるロバートはルイスのもう一つの人格であり、メユと出会ったのもルイスの人格であるロバートだと考えられます。なので、ルイスはロバートを殺さずアリスを殺してしまったのだと思います。

 では、ロバートという存在は実在したのでしょうか?ある時点まではロバートは町に存在していたと考えられます。リゼルグに薬が危ないと教えたのと、ジギタリスに対して差別的な発言をしたロバートは実際のロバートだと思います。理由はわかりませんが、ロバートは町にいながらも外の世界のことに詳しい人物です。薬の効果を知っていたり、花言葉を知っていたり、他の登場人物よりはるかに外の世界に詳しいことが伺えます。ロバートの消息について2つ考えがあります。1つ目は、外の世界に行ってしまった説です。酒場での会話にあるように何も言わず外の世界に行ってしまう住民が少なからず存在し、ロバートもその1人だと考えることができます。2つ目はヴァリスの手にかかった説です。ヴァリスは町の支配を完璧なものにするために、町の外からくるパフォーマーを手にかけています。外の世界の知識があるロバートはヴァリスにとって邪魔な存在だったのではないでしょうか。ルイスに手を下させたか、あるいはプリオンに殺させたか、いずれかの方法でヴァリスがロバートの存在を消したことも考えられます。ロバートという存在がなくなった事もルイスが二重人格になるきっかけだったのではないでしょうか。

プリオン

 次にプリオンについて考えていきたいと思います。

 プリオンは、リゼルグから処方された薬の作用で幻覚をみており、それを愛と勘違いし人を殺して食べてしまっていました。ですが、実際はそこに愛はあったのでしょうか?。プリオンジギタリスを愛しいと感じていて、自分の飼っている馬に見えてしまい殺したと供述していますが、プリオンは外の世界から来たパフォーマー達も殺しています。このことから、プリオンは幻覚の作用で人が馬に見えてしまっていて、少なからず好意のある人間は「人間」として認識できるものの徐々に馬に見えてしまい、好意のない人間に対してはもはや「人間」として認識していなかったのではないかと思います。

 プリオンはト書きにあるように常に手が震えています。体の震えという症状は食人病である”クール―病”の罹患者の多くに見られる症状です。つまり、プリオンは常習的に人を食べていたのではないでしょうか。リゼルグの薬を飲み幻覚を見始めたのは3か月前で、酒場の会話で「最近見知った顔もいなくなった」というのはプリオンが殺していたという側面があるのではないでしょうか。

 プリオンの常習的な食人について気付いていたヴァリスが、”愛”という知識を与えてしまったために、好意のある人間すら手にかけてしまったのではないでしょうか。

 

ジギタリス

 次にジギタリスについて考察していきたいと思います。

 まず、ジギタリスはなぜルイスだけが花を食べてくれると知っていたのでしょうか。これはジギタリスが以前からルイスに花を食べさせていた事があるのではないかと考えられます。ジギタリスは花についての知識があり、花屋には毒花も並んでいたのではないでしょうか。そして、日ごろからロバートに差別的な発言をされていたと推測できます。つまり、いずれルイスに猛毒のダチュラを食べさせるという綿密な計画があったと考えられます。

 また、ジギタリスは比較的仲のよさそうな酒場仲間からもその話し方はなんなんだ?と問いかけられており、町の中でジギタリスの言動に好意的に接する人間は少なかったのではないかと推測できます。ジギタリスは「(差別的な発言をされると)どうにかしてしまいたくなる」と言っていますが、実際にどうにかしてしまっていたのではないでしょうか。ダチュラの毒が人体にどのような影響を及ぼすのか、ジギタリスは知っていてルイスに花を食べさせたのだと思います。ルイスに食べさせる以前に、町で差別的な発言をしてきた人間に食べさせたことがあるのではないでしょうか。ジギタリスの「この町では葬式用の菊の花がよく売れる」という発言は、ジギタリスが手にかけた人間も含まれているのではないでしょうか。

 

リズ、リリス 

  リズ、リリスは劇中の中で特に情報が少ない登場人物で、彼女たちは物語の世界観を示すために存在しているのではないかと考えられます。

 MUGENの世界は二元論的な要素の強い世界であり、その象徴としての二対の女性(初演では白黒、再演では赤青)なのではないでしょうか。

レプリカ

 レプリカは劇中で「作られた存在である」と発言していますが、それは真実であると考えています。レプリカはMUGENの世界を作った人物が作り上げた存在で、彼自身神ではないのだと思います。レプリカは創造主から役割を与えられた存在であり、問いかけを与えるのが彼の役割だったのではないでしょうか。

 そして、レプリカの創造主は誰なのでしょうか。劇中では「(創造主は)ずっとそこにいましたよ。ほらそこに」と客席を指しています。これは、観客が作り上げた世界であるということを示唆していると考えていましたが、それはミスリードで、実際はメユのことを指していたのではないかと考えられます。劇中でレプリカの前に現れていた人物は唯一メユのみで、MUGENの世界もメユが作り上げたのだと考えられます。

 

ヴァリス

 ヴァリスはMUGENの物語の黒幕ですが、何点か不可解な点かあります。町を裏から操る支配者として暗躍していましたが、町の人との関わり方が不可解です。メユに酒場に誘われたとき、大人数が苦手だからという理由で断っていたり、劇中でメユ以外の人物と会話を交わすこともありません。それは、なぜなのでしょうか。ヴァリスが様々な悲劇の原因について裏から手を引いている事が発覚するからなのでしょうか?

 また、メユとの関わり方について、ヴァリスはメユの心の闇についても把握してたのではないでしょうか。劇中におけるメユの心の闇、とは普段親しくしている人物について深い事情をなにも知らされていないことだと考えられます。それを知っていたため、本を介して登場人物の心の闇のヒントを与えていたのではないでしょうか。このことから、ヴァリスはメユに対しても与える存在であり、上位性を示そうとしていますが、メユはヴァリスが知り得なかったことを自分の力で獲得しています。それは”愛”だと考えられます。ヴァリスはたくさんの知識を有していましたが、愛とは何なのか知らなかったのではないでしょうか。ヴァリスは登場人物のヒントを与え、自分の計画の手の内を明かしていますが、それはメユを信頼していたためなのではないでしょうか。そしてメユを殺すことも厭わなかったのはプリオンに教えたように、歪んだ愛の形だったのではないでしょうか。ヴァリスはそのことに気付いていなかったのだと思います。ですが、メユは悲劇を解決するうちに、自分の力で愛とはなんなのか、という一種の答えにたどり着きます。ヴァリスにとってそれは誤算だったのではないでしょうか。

 

メユ

 最後に、物語の主人公であるメユについて考察していきたいと思います。

 メユはカーニバルの最終日に起こる悲劇を解決するため奔走する、ある意味悲劇の主人公として描かれていますが、本当にそうなのでしょうか。

 そもそも、MUGENという世界は、誰が作った世界なのでしょうか。

 メユの名前を入れ替えると”ユメ”、つまり、MUGENの世界はメユの見た夢の世界なのではないでしょうか。それぞれの登場人物に与えられた、役割を指すかのような名前もメユの夢の中での役割を表していると考えられます。MUGENの世界はメユが親友ヴァリスを救うためにメユが作り上げた世界だと考えられます。そのため、町の悲劇は必ず起こる必要があります。登場人物1人1人が複雑に重なり合って様々な悲劇を生み出しているのは、そこに役割が生じているからだと考えることができます。そして最終的にメユがヴァリスの真実を暴いてヴァリスを救うというのがMUGENの世界の流れなのではないでしょうか。

 メユは時間を巻き戻して悲劇を解決していきますが、その過程で時間を巻き戻してもメユの時間の流れだけは変わりません。時間を巻き戻す前に飲んだ薬の効果が時間を巻き戻した後に現れるように、1人だけ時間の流れが違います。つまり、メユだけがMUGENの世界の干渉を受けていない事になります。

 また、メユが時間を巻き戻す際に、多少の世界線のずれが生じていると考えられます。プリオンパフォーマーを殺す場合とジギタリスを殺す場合があったように、少しずつ巻き戻すたびに世界がずれています。メユは最後にありったけのネジを回して時間を巻き戻しますが、初演で巻き戻して新たに作り出された世界が再演の世界なのではないでしょうか。メユのみ初演キャストでその他全員が新規キャストなのでそういう考えもできると思います。

 MUGENの世界が夢の世界ならば、現実のメユは一体どのような人物なのでしょうか?

 現実のメユこそがMUGEN の世界のヴァリスなのではないでしょうか。現実で起こりうることは夢でも起こる、現実で起こらないことは夢でも起こらない、と劇中の台詞である通り、MUGENの世界のトリックは現実の世界のメユが知り得ている情報なのではないでしょうか。つまり、現実のメユは図書館に籠りきりの女の子で、友達と言える友達はおらず、いつも本を読んで物語の世界に浸っていると考えられます。そんな自分を映し出したヴァリスという存在を救う物語をメユは自分の中で作り上げてしまったのではないでしょうか。レプリカの言う”真理”とはMUGENの世界こそが夢幻であるということなのではないでしょうか。